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戦略思考の心・技・体(27) 技「意思決定・収束技法」(15)~リッチかキングか

「財」か「コントロール」かのジレンマ

 人は常に何らかの決断(意思決定)に迫られながら生きている。中でも経営者という人種は、業務においてはほぼ100%そういう状況下に置かれる。あらゆる決断の中でも、特に難しく、身をよじるほど悩ましく、最も根源的な領域の問題が、「財」か「コントロール」かのジレンマだと言われる。「財」とは文字通り財産、資産のこと。経営者個人が享受する金銭、株式等の資産価値としてのそれと、会社の拡大規模としての意味合いとを包含したもの。一方「コントロール」とは、これも文字通りコントロールが効く、効かないという意味でのコントロールが効く状態の維持のこと。経営者個人が効かせられるコントロールの範囲を、全般的に維持し続けることを表す。

 一般的なイメージとして、経営者とはこれら2つのことを両立させている立派な人と思われがちだ。だからこその憧れと尊崇の念を集める、スーパーマンとして目標にされる。しかしそうなのだろうか?確かに、ある一定の規模までの小規模な範囲の事業でのオーナー経営者は、コントロールを維持したまま小金持ちという人もいる。年商数千万円ぐらいで、年収1,000万円前後、とかいう人達だろうか。私たちから見れば十分に両立していると見えなくもない。しかしこれは一般的に、「コントロール」を選択した人の範疇。年商数億円ぐらいで、年収2,000万円前後とかになると、実はすでに自身で100%のコントロールは失っている。ある意味「コントロール」派であり、ある意味「財」派だ。それ以上になってくると基本、「財」派だろう。

 「大きな会社でもワンマンな人もいるじゃないですか?」という疑問が湧く。ワンマンだからコントロールを維持しているという単純な理解でもない。ワンマンに振る舞う必要があるということは、コントロールを失っているからであり、ワンマンぶりが目につくということ自体が、そもそも意思決定が組織によって細分化されていることを現す。「コントロール」の意味をもう少し掘り下げると、何から何まで自分の思ったまま、考えたままに反映させている状態とも言える。創業時しばらくは選択の余地なく、そうせざるを得なかった、その状態そのままに、数人の雇用が出来、多少の規模の拡大が出来ても、それでもやはり全てのアイデアと全ての意思決定は、自分でやらざるを得ない、という状態。早く人に育ってほしいと思ってはいるものの、そのレベルには至らず、とても任せられるアイデアや意思決定には至らない、と思っている状態、と言えるだろうか。なぜそうなるのか?任せられるに至る、優秀なレベルの人材を最初から採用していないからである。その点についてはまた後述する。

 一方、「財」派はどういうことか。もともと小規模事業者の方だと、こちらの話とは無縁のまま終わることも多く、実態としての意味や理解に至らないということになるだろうか。まず端的に、象徴的にどういうことかと言うと、「他人資本を入れる」こと。他人の株主の存在する会社ということ。議決権、つまり会社の意思決定を純然と自分だけで決められななくなる、ということである。コントロールの効く状態とは、自分がこうしようと思えば、そのまま実行できる。しかし、複数の人が議決権を持っていれば、決定は多数決による。意思決定において、他の株主さんからは自分に一任され、ていれば、コントロールが効いているではないか、と。これもそう単純なとらえ方だけでも済まない点もある。議決権の話だけではなく、「規模の拡大」についてもその全般が、「財」派としての選択ということになる。まずは、債務、借入の話。金融機関のお力添えを仰ぐことになる。これも返済が順調ならば、なんらの問題もないことだが、ひとたび雲行きが怪しくなれば、様々なアドバイス、ご指導が入ってくる。ある種、まな板の鯉だ。また規模の拡大に向けて、それに応じて必要なプロの実務家が必要だ。採用するにおいても、こちらの条件で採用する、というレベルを超えてくる。来てもらう為に、何をどう示すか、という互いの交渉の話になる。当然にその優秀な人物の、その後のアイデア、意思決定も尊重していくことになる。自分とすべてが一致するとは限らない。「財」を基準に「拡大」を選択すれば、手放さなければならないものが二律背反的に生じる。その最たるものが「コントロール」になる。

 結論だけ先に述べると、「財」と「コントロール」は避けようのないトレードオフの関係にある、ということ。どらを選択していくのか、ここにジレンマが生じる。両方?両方とも獲得しようとするそのことが、何を意味し、結果として何をもたらしやすいのか。そのことをよく理解して進んでいく必要がある、ということ。

 では、両立することあり得ないのか?そんなことはない。した人はいる。それがあの、スティーブ・ジョブズだ。この人が、これだけ称賛されるのは「i phone」を作ったからだけではない。「両立」という、有史以来すべての経営者の、究極の理想を達成しえた人だからだ。それ以外だと、微妙なところにはなるのだろうけど、ビル・ゲイツ、ジェフ・ベゾスあたりは、そうと言えるのだろうか。それ以外は・・・よく知らない。日本では、ホリエモンが惜しかった、ということか。微妙だけれど両立派に見えるのは柳井さんとか星野さんとかだろうか。孫さんや永守さんは完全な「財」選択の人だが、ビジョンの旗振り、意思決定の首根っこ等、ポイントは押さえ続けているので、「コントロール」をほぼ取れているようにも見える。「両立」とはそのレベルのことを指している。

 改めて結論を述べると、キース会は純然たる「コントロール」選択の意思決定をベースに、全ての話を進めている。と言うより、現状の範囲で「財」基準の選択は取り得ようのない方を、そもそも対象としている。しかし、20年後を目安に、一気に「両立」選択に舵を切れることを視野には入れている。はっきり言えるのは、早期段階から、「財」基準の「拡大」は想定していない。力のないうちは特に「コントロール」を維持することが大事だ。「リッチ」より「キング」だ。「儲かるか」より「続くのか」を重視する意図の根幹はこのことだ。金のないうちにさらにコントロールを失って、その先に続いていく、維持できる道理はない。力を付けてから一気に「リッチなキング」を目指す。

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